■ ネタバレ注意! ■
最初、タイトル入れた時点でうっかりエンターキー押して記事登録しちゃったんですが、そういうのもPing送信されてどっかでエントリーされちゃうんですかね…;; その記事(っていってもタイトルだけですが)は削除してしまったので、一応「(再登録)」と付けました。
第4話は感慨深かったというか既視感を感じたというか…
知人の子でちょうどあのくらいの年頃の姉弟、昔はまさにあんな感じの騒ぎが日常茶飯事でした。そしてまたその子たちも少々複雑な家庭にあって、あまり親に甘えることができず、また、一般の家庭の子よりはかなり強いストレスにさらされている子たちでした。杏ちゃんのコータローに対する態度なんかほんとにその知人の子(お姉ちゃんの方)そっくりそのままで、過去の体験にトリップしたかと思わせるほどでした。
ストーリーは、コータローの出入りしている出版社の事務さん・安野さんが、最初は仕事の都合、その後は離婚した元夫につけまわされたことから子どものノゾムくんを保育園に預けられなくなりコータローがノゾムくんを預かることに(ついでにその体験を取材記事として持ち込む予定で)。杏ちゃんはコータローがノゾムくんばかり構うのが面白くなくて、やたらにコータローに用事を言いつけたりつっかかったり、ノゾムくんとケンカも。安野さんは杏にちゃんに謝るようわが子を叱ります。ノゾムくんは泣きながら、それでも「ごめんなさい」と謝ります。
元夫から逃げるため、安野さんはとうとう会社を辞めて引越す決意をします。ノゾムくんは保育園に行けないことが嫌で家出します。安野さんとコータローが見つけ出し、安野さんはノゾムくんを叩いて叱り、心配したことを伝え、ノゾムくんの気持ちを考えてあげられなかったと言い、お互いに謝ってこちらはめでたし。
しかしこの間、コータローがノゾムくんを探しに行くことを怒った杏ちゃんが羽枕で電気スタンドを倒して放置、ボヤを起こします。知らせを聞いて必死の形相で家に戻ったコータロー。杏ちゃんは「コータローのせい、自分は悪くない」と言い張ります。しかしコータローは杏ちゃんの頬を叩き、「そういうことじゃない、皆に迷惑をかけたのだから謝れ!」と叱ります。消防士さんの前に立たされた杏はややあって「ごめんなさい」と謝ります。
消防士さんたちが引き上げたあと、コータローは杏を心配したことを伝え、「お前の気持ち、全然わかってやれなかった」と言い、また、「これからは悪いことは悪いと叱る、それがお前のためだと思うから」と言います。
最後は皆でピクニックのシーン。杏ちゃんはノゾムくんに謝ります。ノゾムくんは「もういいよ」と許してくれました。
今回のサブタイトルは「叱るって何?」ですから、親は子どもの成長する先を見て、いけないことはいけないと、理性的に叱らなくてはならない、ということがテーマなのですよね。
杏ちゃんとノゾムくんのケンカの後ノゾムくんだけが叱られて謝ったのですが、もしこれが教育機関なら必ず両方に謝らせます。でも安野さんは先生じゃなく、ノゾムくんの親で、杏ちゃんの親じゃないですからね。親は、わが子の成長にこそ責任を負うということですね。ただ、ノゾムくんが「なぜ自分ばかり謝るの?」と理不尽さを抱えないように、「どんな理由でも手を出したら悪い、悪いことをしたら(相手がどうでも)謝る」と、ちゃんと説明してあげてもいいのにな。このドラマでは最後に杏ちゃんが謝ったからめでたし×2だけど。
作中、「子育てパパのカリスマ」としてひろみちお兄さんが出てきて、子どものためを思って叱る際、理性を持って叩くのはかまわないというようなことを言ってますが、これはでもねぇ、諸刃の剣ですよね。この伝家の宝刀、「理性」を持って抜けば素晴らしいものですが、世の親のだれもが理性をもって抜けるとは限らない。ましてや、子どものことになると理性のふっとぶことの多い親にそんな危ないものを簡単に許してよいものかと。「叱る」がいつのまにか暴走して「怒る」になってしまう人も多いですしね。のでやっぱり、「叩く」という手段、私は簡単に使ってよいものとは思いません。よっぽど命にかかわるような悪いことをしたのでない限り、封印するが得策だと思いますね。
最後に、このドラマでは登場人物の大人のだれもが、子どもと話すときにしゃがんで目線の高さを合わせて会話します。ちょいキャラの消防士さんでさえも(笑) これって子どもと話す時にはとても有用なことなのだけれど、そういうのを知らない親御さんもいるようで、残念に思うことがあります。
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